2100年01月01日

ココ・シャネル

ココ・シャネル(Gabrielle Bonheur Chanel, 1883年8月19日 - 1971年1月10日)は、フランスの女性ファッションデザイナー。

生い立ち
フランス南西部オーベルニュ地方ソミュールの救済病院で生まれる。12歳の誕生日を迎える前に母親が他界し、孤児院や修道院で育つ。「ココ」は愛称で、お針子として孤児院を出た後、歌手を志して田舎町ムーランのキャバレーで歌っていた頃に、そこで歌っていた「コ・コ・リ・コ」(コケコッコウ)と、「キ・ア・ヴュ・ココ」(誰かココを見た?)と言う歌の題名にちなんでつけられたもの。<

その後パリへ移り、奇抜な衣裳で社交界に潜り込み、その美貌を生かし裕福な著名人と親交(事実上の高級売春婦のようであったという証言もある)を広げた。デザイナーとして成功し、のちに有名な「シャネル・スーツ」を発表するなど1930年代後半にはモード界の中枢に躍り出る。

二次世界大戦中の1940年にフランスがアドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツ軍に占領された際に、レジスタンスとして多くのフランス人がドイツ軍による軍事占領に抵抗した結果、捉えられた末に拷問されたり、戦闘によって命を落とす中、シャネルはドイツ軍将校と愛人関係を結び、愛人の庇護の下自堕落な生活を送った。

このことから、1944年のシャルル・ド・ゴール将軍率いる自由フランス軍と連合軍によるフランス解放後に、対独協力者としてフランス中からの非難を浴びて、愛人とともに戦後の数年間スイスのローザンヌへ脱出し亡命生活を送った。この様な経緯から、現在も「裏切り者」であり「売国奴」であるシャネルを嫌うフランス人は多い。

亡命生活から帰国後デザイナーとして復帰。1971年に住居としていたパリのヴァンドーム広場を望む、ホテル・リッツで死去した。享年87。亡骸は第二次世界大戦後に亡命生活を送っていたスイスのローザンヌの墓地に埋葬される。

ココは、「どうして女は窮屈な服装に耐えなければならないのか」という積年の疑問への回答として、英国紳士服の仕立てや素材を女性服に応用し、スポーティでシンプルなデザインのシャネル・スーツを生み出した。シャネルの服作りに一貫している姿勢は、「男に支配される女を徹底的に排除し、女のからだと心を解放しよう」とする試みである(ただし、ココ自身はそのような思想をもっていたわけではなく、後世のフェミニストによってそのような虚像が作られたらしい)。

この姿勢は、ココの後を引き継いだファッション・デザイナー、カール・ラガーフェルドにも引き継がれている。

Reference from Wikipedia


posted by Rozentzs at 00:00| シャネル バック:ココ・シャネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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